2012年4月10日 (火)

雨降って地固める

先日取壊し祭を行った現場。取壊しも済んで、前日に荒々しい風雨の中地鎮祭を行った現場は、翌日、打って変わって抜けるような晴天の中でせっせと地盤改良を進める。

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角地の、鋭角に交わる道の角度を取り入れた、印象的な住宅になる予定。なによりもまずは、しっかりと地盤固めから。


先週読み終わった本

ストーリーとしての競争戦略ー優れた戦略の条件
楠木 建(著)[東洋経済新報社]

『七瀬ふたたび』
筒井康隆(著)[新潮文庫]

『エディプスの恋人』
筒井康隆(著)[新潮文庫]


 Yasuho

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2012年4月 2日 (月)

要望のありか

昨日はとっても素敵な住宅を拝見させていただいた。広い平野の中にどっしりと鎮座ましました古民家。濃尾地震を経験してる、って120年前だ!

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同業の先輩に同行して、建て替えも含めた相談の場にお邪魔したのだけど、できれば残してほしいな。


こういうときに「建て替えたい」という言葉を、私は決して鵜呑みにしない。それは例えば、病院に来た患者が「風邪ひいてると思うから風邪薬ください」と言ってきたときに、医者が診断もせず風邪薬を処方するのか、ということと同じだ。


施主が有効だと思っている手法が、施主の要望を満たす最善策だと思い込むような怠慢はしてはいけない(診断しないで処方してはいけない)と思っている。


本当の要望はたいていの場合べつのところにあるものなのだ。


 Yasuho

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2012年3月30日 (金)

スケッチ

緊急プレゼンスケッチ完了。とっても良いロケーションの住宅。実現するといいな。

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最終的にはコンピュータで図面化するんだけど、最初に考えるときはやっぱり手描き。だから時間がないときは、そのまま見せてもいいくらいの丁寧さで考えながら描いてしまうことがよくある。


手描き図面は楽しいんだけど、たくさん描くと肘が痛い。。。


 Yasuho


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2012年3月26日 (月)

依頼のないものづくり

「SIDE2 chair+展」最終日に滑り込みで見に行く。


設計はいつも依頼されてから創作活動が始まる。依頼がないのに創作をして発信するのは、私にとってはとても難しい。だから忙しい合間を縫って依頼のない創作活動をしている人をとてもすごいと思う。


ただ同時に、この人たちのこの活動に意味があるのだろうか、という斜めからの目線がいつも自分の中に存在する。この違和感は何なんだろう。

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でも、来年度はこの違和感にも挑戦していきたい。どんなかたちでそれに取り組むのか、は、まあ、そのうちに。


 Yasuho


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2012年3月19日 (月)

バリ島からのたより

海外に行くと見えてくるものがある。遠くまできて知らないものに触れようとして歩き回るのだけど、往々にして、見えてくるのは自分自身だったりする。


そんな時間をたくさんもちたくて、いろんな人と共有したくて、手探りで始めたことがカタチになろうとしている。

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そこからどんな景色が見えるのか、どんな景色が創りだせるのか、とっても楽しみ。


先週読み終わった本

家族八景
筒井 康隆 (著)[新潮文庫]


 Yasuho


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2012年3月11日 (日)

3月11日に思う

今日は結局、朝から新聞にぶちぶちと文句を垂れ、娘の髪を切ってやり、家族で買物に出かけ、ちょっとだけ仕事をし、新しい事務所のために小さなオーディオを購入して、家に戻って静かに夕餉を囲む、それだけの普通の一日。

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黙祷をしても、目をつむっている間に何を考えていいかわからなくなって戸惑う。邪念が入ると申し訳ない気持ちになって、かえって悪いことをしたように感じてしまう。実感するには私には距離が遠すぎるし、こころからの祈りのためには、私は幼すぎる。


ただ、生きている感謝を忘れないように、それだけを思う。


 Yasuho


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2012年2月19日 (日)

こわれるということ

日本人がメンテナンスフリーということをいつから言い始めたのだろうか。こわれにくいように工夫することはもちろん重要だとして、メンテナンスをしないでいることがそれほど豊かなことだろうか、と最近とみに思うようになった。


海外に行く機会が増えるなどしてより多種多様な方たちと出会うようになり、本当に人生を楽しんでいるひとほど、どんなことでもこまごまとメンテナンスを怠らないのだ。


メンテナンスを怠らない結果として快適で楽しそうに見えている、わけではなくて、メンテナンスそのもの、もしくはメンテナンスすることを考えているというその時間がいかにも楽しそうで、この方は豊かな時間を堪能しているんだな、と感じさせられる。


もちろん何もかも手がかかるというわけにはいかない。でも手でふれるものはできるだけ、こわれたり、色あせたり、キズついたり、そういう自然なものにしていたい。

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使い込んでよごれるから愛おしいのだ、と思う。


先週読み終わった本

日本人のしつけは衰退したか
広田照幸(著)[講談社現代新書]

学校って何だろう
苅谷剛彦(著)[ちくま文庫]

感動する!数学
桜井進(著)[PHP文庫]


 Yasuho


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2012年2月18日 (土)

二つ以上の“とおる”みち

恩師、白濱謙一先生の文章、抜粋その4。


二つ以上の“とおる”みち

「500年の間には家族の人数や構成がどうなるか、その時々のさまざまな生活に対応するには空間の繋ぎや遮断も自由にしたい。それには、ある場所からほかの場所に行くのに2つ以上の経路があれば、どれか閉じたいときに閉じて生活の変化に対応し、家と庭を隅々まで活用できるだろう。予測の困難な家族観(個人ー家族ー社会の関係)の変化にも耐えられよう。」

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私が最も気にして受け継いでいる思想がこの部分だ。建築はひとの生活をより豊かにするものであってほしい。そのためには、建築が暮らしの足かせになるようなことがあってはならない。


予測の困難な家族観の変化とは、まさにいま私たちに起こっている日常のトピックだ。5年10年の流行で考えを左右させることなく、2つ先の世代がどう使うかをイメージするように心がけている。


 Yasuho

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2012年2月16日 (木)

土と土間

恩師、白濱謙一先生の文章、抜粋その3。


土と土間

「かつての日本の住まいには縁側や濡れ縁や土庇や土間など、土とのふれあいをスムーズにする手法があった。
 現代の手狭な空間でそれをすべて実現するのは困難としても、せめて“とおる”空間(玄関など)を庭側にするとか、庭に面した“いる”“たべる”“つくる”ための空間のどれかを土間(下足用の床仕上げ)にすることは可能であろう。北側玄関から南庭に抜ける通り土間も有効な手法である。」

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土間がいかに快適かは、使ってみれば歴然と判る。冷たくじめじめしているという先入観は、それこそ現代の技術力の前では無用の心配だ。


先生のつくった空間、がそれを証明している。


 Yasuho

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2012年2月15日 (水)

近隣に配慮を

恩師、白濱謙一先生の文章、抜粋その2。


近隣に配慮を

「これから500年もの間、世代交代が進んでも隣近所との付き合いは続く。西隣には朝日を、東隣には西日を、北隣には冬の陽ざしを、そして隣接する道路にも陽ざしと緑の潤いを分け合いたい。南隣には陽のあたる美しい家と庭を見せてあげたい。
 敷地が狭いと開き直らず、そこをなんとかしようと考えたい。(中略)外形や内部空間のボリュームだけでデザインされるのではなく、近隣への日照や圧迫感の気配りが屋根の形態の要因となる建築であってもよいではないか。」

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雨ニモマケズ、にも通ずる素朴でかつ強い信念を感じる言葉だと思う。建築が、住宅が、単に使うひとの所有物であるだけなく、地形の一部であり文化の礎であるという自覚とそれを創造することに対する決意を秘めている。


私も日々この決意をもって設計を行うものでありたい。


 Yasuho

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